【 平家物語を熱く語る!!一覧に戻る | 使い方とお願い | 日子の島TOP
 投稿番号:101159 投稿日:2010年02月27日 21時08分51秒  パスワード
 お名前:葦生 涯郎 URL=http://www.ric.hi-ho.ne.jp/ashuu-hateo
大坂峠の点景
キーワード:大坂峠 遍路
コメントの種類 :史蹟  パスワード

 母の実家が、大坂峠の徳島側の麓で庄屋をしていました。
 母が、生前「おばあちゃんは、お遍路さんのお接待に熱心だった。」といっていました。考えてみれば、大坂峠は一番札所(徳島)と八十八番札所(香川)の中間にあります。といって普通に廻れば、一番から八十八番への順打ちでも、八十八番から一番への逆打ちでも、大坂峠を通ることはありません。まあ、昭和の初め位までには、多様な道順の遍路があったのでしょう。
 遍路が始まったのは平安末期ですから、義経が大坂峠を通過したときには、大坂峠はすでに遍路道として成立していたことになるのではないでしょうか。義経の騎馬隊が遍路を追い越していたり、すれ違っていたりした可能性も十分あります。義経の騎馬行の点景として、遍路を描いた小説はあるでしょうかねえ。

[1]日本の苗字七千傑さんからのコメント(2010年02月28日 15時59分06秒 ) パスワード
URL=http://www.myj7000.jp-biz.net/

葦生 涯郎さんへ
 
大阪峠は志度街道の阿讃国境に有り、志度街道の阿波側は三番札所金泉寺と四番札所大日寺の間(大寺)で交差します。
参考URL http://www.henro.jp/midokoro/awa3.htm
恐らくおばあちゃんは大寺でお遍路さんと接していたのでしょう。
四国巡礼は衛門三郎に始まるとされるが、、盛んになったのは室町時代以降であり、お遍路さんと義経の騎馬隊がすれ違った可能性は否定しませんが、確率は非常に低いものと考えます。
そう言えば、現在「衛門」や「左衛門三郎」の苗字が存在しますね。
 【 平家物語を熱く語る!!一覧に戻る
この投稿に対する
コメント
注意  HTMLタグは使えませんが、改行は反映されます。
 http://xxx.xxx/xxx/xxx や xxx@xxx.xxx のように記述すると自動的にリンクがはられます。
お名前 (省略不可)
削除用パスワード (省略不可8文字以内)
メールアドレス (省略不可)
URL
 ホームページをお持ちの方のみURLを記入して下さい
◇Copyright(C) 2000 c-radio.net. All Rights Reserved.◇  DB-BBS-system V1.25 Rapha.