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 投稿番号:101045 投稿日:2008年07月03日 18時59分45秒  パスワード
 お名前:柘植正敏
柘植一族の隠れた歴史
キーワード:つげと言う名の謎解き
コメントの種類 :その他  パスワード

はじめまして、正敏です。みなさんはご存知の通りつげの名前が最初に歴史に登場するのは、邪馬台国の都支、闘鶏(つげ)です。そして卑弥呼の古墳が、その名前を闘鶏山古墳、また古代大和には倭国、闘鶏国、葛城国が有力でした。少し憶測ですが、邪馬台をヤマタイと現代では読みますが、それはヤマトと読む方が自然だと僕は思います。となるとヤマタイ=大和朝廷に繋がるのが符合的にも、歴史的背景的にも自然に考えられます。つげ氏はヤマトと合流し古代史からとりあえず、その名を潜めようとします。しかし神武天皇の死後長男神八井耳命は、叛乱をおこした庶兄に止めをさせず、その弟に皇位を譲ります。そしてこの神八井耳命の息子がつげの直(携帯では変換できません)です。ここに初めて歴史につげを名乗る人物が出てきます。つげの直は闘鶏の国、いまの三重から奈良にかけてを与えられます。つまり柘植と闘鶏とつげの直のつげは同一である推測が成り立ちます。それはつげの直の子孫である事の、可能性の高い平宗清が柘植宗清を名乗った事からも符合の一致以上の信憑性が得られると思います。
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[1]正敏さんからのコメント(2008年07月04日 10時50分23秒 ) パスワード

あと補足として、闘鶏国を与えられたのがつげの直、伊賀を与えられたのが、平宗清こと柘植宗清、信長の長男、信雄の副将として、伊賀を攻めさせたという、柘植三郎左衛門。彼は当然伊賀の支配権を狙った人物でしょう。そこには天正伊賀の乱は伊賀対伊賀の縮図も見えてきます。その後徳川家康の伊賀越えの際、伊賀を代表して接見し護衛したのが、柘植三之丞清広です。これらが柘植氏の主な歴史だと思います。
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