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■■■■老の山公園

現在は四季折々の花が咲き、関門海峡から響灘を一望できるこの老の山公園も明治の時代には明治政府による沿岸防備のために火の山砲台と共に要塞と化していました。その後この要塞は第二次世界大戦まで維持され、2次大戦では本土空襲に際し、かなりの活躍をしたとのことです。
要塞を見えなくくする意味もあって老の山は多くの樹木の生い茂る美しい山でしたが、終戦後開墾され、その斜面は農場として食料生産に供されました。その後国有地であった老の山23万平方メートルを市が借り受け頂上付近を公園として市民に開放しています。
彦島の歴史を記述した書籍には必ずこの要塞の項がありますが、それらによると、かつて、頂上付近には多くの高射砲や兵舎などがあり、斜面には火薬庫や防空壕が口を開けていたとのことですが、現在はその痕跡はかけらもなく整備されています。老の山と同時に要塞として活躍した火の山が現在でも壕舎などのいくつかが当時のままに残されている(現在はその中で家族連れが楽しそうにお弁当を広げていますが)のとは対照的な光景となっています。
老いの山からの眺望 IEまたはNN6でごらんいただけます
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