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■六連島雲母玄武岩の碑

 古くは「カニ島」と呼ばれた六連島行の渡船に乗って、小瀬戸海峡を進み、彦島大橋をくぐって二十五分、島を彩る緑の中に白く輝く灯台がくっきりと浮かんでいます。船は静かに島の港に入る。桟橋をあがり、左におれて町中を通り抜けると、生野八幡宮から勧請したと伝えられる六連島八幡宮がある。社殿は高畑八幡宮が忌宮神社に合祀されたときに、その社殿を移したといわれ、境内には大正天皇即位を記念して、御大典記念 氏子中 大正四年十一月十日 と刻まれた花崗岩の碑がある。

 そこから川側の狭い道を上がって行くと、山頂へ出ます。そこは広々とした畑地が広がり、その中に碑が建っている。

(下関の記念碑)

六連島の雲母玄武岩(国指定天然記念物)
昭和九年一月二十二日
指定所在地下関市六連島

 六連島は、下関市の北西約五キロメートルの響灘にある小島(標高百六メートル)で第三紀層と、この層を突き破って噴出した玄武岩の溶岩で出来ている。この玄武岩は、多孔質で、その空竅内に黒雲母の一種であるアメーマイトの美しい結晶を作っている。この雲母は玄武岩の一成分であって六角の薄い鱗状結晶をし、結晶の稜角の二、三点を空竅の側面にわずかに付着させている状態は大変興味がある。

 空竅内には雲母のほか、黒色角閃石の美しい針状結晶も見られ、ともに玄武岩としては非常に珍しい現象である。山口県教育委員会下関市教育委員会とあり、ここから眺める響灘の果てしなく続く様は雄大で、見る人の心をゆったりと洗ってくれる。

 碑の高さは台座を含めて三百二十センチ、幅三十センチ、厚さ三十センチの花樹岩製である。

 昭和四十年四月一日、山口県教育委員会・下関市教育委員会が国・県・市の補助金等二十五万円で、説明板とともに建立した。

 石碑ができるまでは木碑があったが、雨風ですぐ破損するため関係者で運動が進められ、協力を得て完成したものである。六連島は、およそ六千五百万年前の昔の第三紀層と火山活動でこれを貫いて噴出した玄武岩の溶岩台でできた島といわれている。

 灰黒色をした玄武岩は、冷却するときにできた多孔質で、その球状の孔障内には、四ミリほどの光を放つ黒雲母の美しい結晶を包含している。

 発見したのは外国の水先案内人で、明治の初め頃である。彼によって世界に紹介された。世界でも三、四ヶ所しか無い珍しい岩として、又日本ではここしか存在しないと言われており、昭和九年一月二十二日、六連島の南端約五千平方メートルが国の天然記念物に指定された。

 碑のそぱには、一抱えもある大きな代表的な雲母玄武岩が置かれている。ここから眺める響灘の果てしなく続く様は雄大で、見る人の心をゆったりと洗ってくれる。

(下関の記念碑)

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