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■■■■福浦(Fuku-ura)
冨観台と貯木場で知られる"福浦(ふくうら)"は海賊島という異名もあって、昔は海賊の根拠地だったとの伝えも残っています。
福浦が本格的に開発されはじめたのは、天文の頃(1532〜55)からとされ、特に江戸中期に北前航路が盛んになると、就航船の風待ち潮待ちの港として繁昌しました。特に冨観台には灯台施設の前身といわれる"灯明台"が設けられ、航路の安全が図られました。
こうしたことがらも、"福浦"という地名は、船乗りたちにとっては"福"の浦だ……という意味が込められて生れたものでもあるようです。
(下関市教育委員会発刊「下関の地名」より許可を得て転載)
■■■■福浦の地名について
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