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■■■■小門海峡と平家物語

 私の記憶に残っている限りでは昭和50年頃までは、ブリキか何かの大きな箱を積み重ねた行商のおばさんが町中を歩き回っていました。もちろんこの積み重ねた箱の中には漁れたての魚や、出来立ての蒲鉾、天ぷらなどが入ってます。それらの中に、手のひらに乗るくらいの鯛・・・コマコダイというのが混じっていることがありました。後に知ったことですが、このコマコダイは別名「小平家」ともいい、この彦島と竹崎を隔てる小門海峡に身を投げた平家官女の伝説を身にまとった魚だったのです。

壇ノ浦の合戦で命辛々逃げ延びた平家の官女達は、彦島や伊崎などに密かに隠れ住んでいた。やがて源氏の追っ手の者も数少なくなり、梅雨が過ぎ、夏が本格的な暑さとなったある日、官女の一人がそっと浜辺に出てみると、何百、何千という蟹の大群が砂浜をはい回っていた。女は驚いて、みんなを呼び集めたが、ぞろぞろと出てきた女達は、それぞれに蟹を手のひらに乗せてみて、一斉に叫び声をあげた。
「まあ、驚いた。この蟹には人間のような顔があるわ。しかも恨めしそうに涙まで流して・・・」
 そのおびただしい蟹の大群は、どれをとっても甲羅には人間の顔がはっきりと浮き出て目と思われるあたりからはぽろぽろと涙のような滴が落ちていた。
「本当に。どうしたことでしょう。このか煮立ち、みんな泣いているようね。それにしてもこの怒ったような、悲しいような顔、なんだか怖いみたい」
 女達が口々にそんなことを言っていると、手のひらの一匹の蟹が小さな声で、それでもはっきりと人間の言葉を話し始めた。
「我々は本当は蟹ではない。ついこの間まで、お前達と苦楽を共にしてきた平家の一門だ。あの日壇ノ浦で安徳天皇のお供をして海へ飛び込んだが、どうにも口惜しゅうてならん。我々を滅ぼした源氏が憎うて憎うて、このままではとうてい成仏できん。其れで今は蟹に姿を変えて鎌倉打倒の機会を待っているのだ」
 それを聞いた女達は一斉にしくしく泣き出した。
「知らないこととはいいながら、本においたわしいこと。それに引き替え、私たちは、こうして彦島に隠れ住んでいますが、毎日をひっそりと生きているだけで、本当に申し訳ないことです。」
「そうです。これから私たちも、源氏を倒すために何かお役に立つことを考えましょうよ」
そのとき一人の女がこういった
「わたしたちは蟹ではなく、魚になりましょう。そうだ、魚の王様、鯛になりましょう。そして生きている人々達に食べられることによって、わたしたちの執念を人間に乗り移らせるのです。」
「そう世私たちのようなか弱い女には、源氏を滅ぼす良い方法といえばそれしかありませんね」
 女達は瞬く間に同調し、多くの蟹達が心配げに見上げる中を次々に海に入っていった。彦島と下関の間の小門海峡は、そのころ日本一流れが速かったから、女達は見る見るうちに流されて沈んでしまったが、それから何ヶ月かたって、この海峡では今まで全く見られなかった小さな美しい鯛が群をなして泳ぎ始めた。
「これは平家の官女達の化身だ。おそれ多いがこれをたらふく食べて一日も早く源氏が滅びるように祈ろうじゃないか」
「そうだ、これは平家の、言うなれば小さな平家、つまり、小平家の怨霊がこもっている。その恨み辛みをわしらがかわってはらしてやろう」
 彦島の漁師達はその小鯛を釣り上げて口々にこういったものだという。(「彦島あれこれ」富田義弘著より)

 平家にまつわる動物変身伝説にはこのほかに、平家蟹(甲羅が平家の武者の怒りの形相をした食用にしない大きな蟹・下関水族館で生きた状態を見ることができます)にまつわる「骨董」(小泉八雲)、「美神たちの黄泉」(赤江瀑)などがあります

 


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