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■■■■小門(おど)海峡と平家物語 「橘姫(たちばなひめ)伝説」 小門海峡で釣りをしていると初夏から夏にかけて非常に美しいマダイがよくかかります。このマダイ(地元ではコマコダイと呼ばれるらしい)は、「小平家(こべけ)」という異名を持ち、源平の合戦の時代に小門海峡に身を投げた平家官女の伝説を身にまとった魚なのです・・・・・・ 橘姫は平家武将の娘で、安徳帝に使えて身の回りのお世話をしていましたが、平家一門最後の出陣の朝、父に根緒のお城に呼び出されました。 「橘よ、今日こそは宿敵義経と雌雄を決せねばならん。卑怯者の義経はおそらく我が軍の士気を落とすために戦うことのできぬ水主梶取やか弱いお前たち女を弓矢で狙って来るであろう。帝の御座船は我らと共に船出するなれど、お前は船を下りこの根緒城に残るのだ」 「そんなことはできません。私には帝のお世話をするという大切な勤めがあります。須磨を船出して以来、私のいるべき場所は御座船以外にありませぬ」 「軍勢は我が軍に有利なれど、義経はいかなる奇策を打って出るかわからぬ。私にもしものことがあれば今日へ戻り、母にこれを届けて欲しい」 「父上・・・」 年は寿永4年3月24日、明け方に始まった戦は当初平家群の有利に進みました、父の予期したとおり、武将を狙わず水主梶取に向かって矢を射るという卑劣な策により平家一門は安徳帝と共に壇ノ浦に沈みました。 この源平最後の合戦となった壇ノ浦の合戦で平家は滅亡し、最後の砦となった彦島は源義経率いる源氏軍によって破壊し尽くされました。自分たちの田畑を妻や娘を守ろうとした男たちは斬り殺されました。女たちはある者は辱めを受けたことに耐えかねて、またある者はそこから逃れるため大瀬戸、小瀬戸へそのほとんどが身を躍らせましたが、運良く難を逃れて漁師の家にかくまわれた女官もいました。その女官たちの中に橘姫もおりました。橘姫は海士郷と呼ばれる彦島の中でもっとも僻地にある村で親助という漁師にかくまわれていました。親助夫婦は二人とももう50歳を過ぎていましたが、息子を壇ノ浦の合戦で源氏軍に射殺され、悲しみにうちひしがれていたところ竹崎へ渡ろうと船を探していた橘姫を見つけかくまったのでした。 「私は父の形見を今日へ届けなければなりません。どうか、どうかお願いです。船を出して下さい。竹崎へ私を渡らせてください」 「あなたの気持ちはわかるけれど、今は竹崎も伊崎もすべて源氏軍であふれかえっている。今竹崎へ渡るのは死にに行くようなものだ。いま源氏軍は帝の亡骸と三種の神器を必死になって探している。それがみつかれば、おそらく源氏軍の多くはここから引き上げるだろう。ここで時を待ちなさい。決して今竹崎に渡ってはいけない」 聡明な橘姫は漁師夫婦の勧めに従い、この漁師の納屋に隠れ住まうことにしました。 「平家のお姫様にこんな汚いところで本当に申し訳ないが、いつ源氏が追討にやってくるかもしれん。勘弁してください」 「わかっております。射殺され、波間に沈んだ女官たちに比べれば」 命からがら逃げおおせた女官たちはわずかに残った彦島や伊崎竹崎の漁師の家にかくまわれ源氏軍が都へ戻る日を息を殺して待ち続けました。 源平の合戦から1年がたち、さらに梅雨が過ぎ、夏が本格的な暑さとなったある日、橘姫がおそるおそる浜辺へ出てみるとなんと小さな蟹が、それこそ何千匹と群れをなして砂浜をはい回っていました。その中の一匹が橘姫の足下へ寄ってきましたので、はその蟹を不思議に思ってよくよく目をこらし、そしてその異様な様子に気が付いて悲鳴を上げました。 「まあ、驚いた。この蟹には恨みのこもった人間のような顔があるわ」 その声に驚いた親助がやってきました。 「なんと、このように恐ろしい蟹は見たことがない。それがこんなにたくさん。これはいったいどうしたことだ」 そのおびただしい数の蟹の甲羅すべてにはっきりと怨念に満ちた人間の顔が浮かび上がっていました。しかも、その目と思われる場所からは涙のようにしずくがこぼれ落ちていました。 「本当にこれはいったいどうしたことでしょう。私も須磨を出て以来、このような蟹は見たことがないわ。それにこの恐ろしい甲羅に浮かび上がった人の顔・・・」 橘姫はおそるおそる足下に近づいてきた一匹の蟹を手のひらにのせました。するとその蟹は小さな声で、けれどもはっきりと人間の言葉を話し始めたのです。 「そなた、無事であったのか。実は我々は蟹ではない。ここにいる蟹はすべて、お前達と苦楽を共にしてきた平家の一門だ。あの日、壇ノ浦で命をかけて安徳天皇をお守りしたが無念じゃ。我々を滅ぼした源氏が憎うて憎うて、このままではとうてい成仏できん。それで今は蟹に姿を変えて復讐の機会が来るのを待っているのだ」 それを聞いた橘姫は手のひらをいとおしく包み込むようにして涙を流しました。 「そうだったのですか。本当においたわしいことです。島に残った私たちも今ではほんのわずかが源氏の影におびえながら生きながらえているばかりで、皆様方の供養さえすることができません本当に申し訳ないことです。」 数日後、橘姫は彦島に隠れ住んでいた他の女官探しだし、共に再びこの浜にやってきました。女たちはその蟹を見ると皆はらはらと涙を流しました。 「私たちも源氏を倒すために皆様のお役に立ち当存じます」 橘姫が言うと女たちは次々に同調しました。 「わたしたちは美しい魚になりましょう。魚の王様、鯛になりましょう。そして生きている人々達に食べられることによって、わたしたちの執念を人間に乗り移らせるのです。」 「そうよ、私たちのようなか弱い女には、源氏を滅ぼす良い方法といえばそれしかありませんね」 女たちは彦島の岩場から次々に小瀬戸に身を投げました。親助はただならぬ外の様子に「源氏軍か! 姫を守らねば!」と家から飛び出してきましたが、遠く岩場に見えたその光景・・・女官たちが小門の瀬戸に次々と身を投げるその光景を見て愕然としました。親助は急いで船をこぎ出して女たちを助けようとしましたが、女たちは小門の急流にあっという間に飲み込まれてしまいました。 「このようなことが・・・このようなことがあって良いはずがない・・・。親助は船縁を叩いて泣き続けました」 それからしばらくたって、小瀬戸を小さな美しい鯛が群をなして泳ぎ始めました。親助が投げた網にもこの珍しい魚がたくさんかかるようになりました。 「この鯛は・・・金色の鱗に白い斑点・・・」 その美しい姿は、橘姫が初めてこの海士郷の村にふらふらと現れたときの姿・・・、そんな美しい姿で歩いていては源氏の兵に捕まえてくれと言っているようなものだ、とあわてて親助がかくまったその姿にそっくりでした。 「あなたは橘姫なのですか? この美しい魚たちはは平家の女官達の化身なのですか?」 美しい魚は何も語りませんでした・・・。 「橘姫、私たちが武器を持っても決して源氏軍には勝てません。おそれ多いことですが、この美しい魚をかご一杯に積んで売りに行き、みんなに食べてもらって一日も早く我々を苦しめた源氏が滅びるように祈りたいとおもいます。この魚には平家の女たちの怨霊がこもっているのでしょう。この魚を小平家(こべけ)と呼んで、恨み辛みを代々語り継きましょう。それがわたしにできる精一杯のことです」 (終) 平家にまつわる動物変身伝説にはこのほかに、平家蟹にまつわる「骨董」(小泉八雲)、「美神たちの黄泉」(赤江瀑)などがあります。
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