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 投稿番号:100729 投稿日:2005年01月14日 13時36分23秒  パスワード
 お名前:珠恵
平家落人 北関東と九州の岩下家の関係

コメントの種類 :質問  パスワード

先日、NHKの『義経』を観て、久々に長年の疑問がよみがえってきたので、質問させて頂きます。

10代の終わり頃から埼玉県在住です。私の旧姓は岩下といい、父は群馬県の出身です。父の実家のあたりは岩下姓が密集しています。

学生時代、岩下姓は平家の落人だと雑学好きの友人から聞きました。あまりピンと来なかったのですが、自動車教習所に通い始めた頃、厳しいと有名だった教官が岩下さんでした。ある日、そんな教官の方から親しげに「私は鹿児島出身ですが、あなたのお父さんも?」と声を掛けられました。実は教官の背格好や面立ちは父に似ており、叔父には瓜二つでした。

社会人となってからも同様の体験をしました。
「岩下さんのお父さんは鹿児島県出身? 昨晩は接待だったんだけど、お取引先にも岩下さんという女性がいて、鹿児島出身だそうだ。君にそっくりなんだよ。びっくりしたよ、ホント、双子みたいに」と、上司に言われました。

しかし、私の親戚は鹿児島には一人もいません。父も鹿児島に縁のある記憶はないし、家族に聞いたこともないとのことです。

岩下姓の血の濃さを実感したのは、私だけなのかもしれませんが、湯西川にも平家落人伝説があるそうで、父の実家からそんなに遠くありません。

九州の岩下家と北関東の岩下家には、何かつながりがあるのでしょうか? 平家落人の中で、九州に落ち延びた人と、北関東に行った人と、二派あったのでしょうか?

すごく不思議です。もしDNA鑑定でもしたら、面白い結果になるのではないかと、つい妄想してワクワクします。


[1]暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2005年01月14日 14時22分02秒 ) パスワード

珠恵さんへ

初めまして。
九州の岩下姓については下記のURLを参考になさってください。
http://www.hikoshima.com/bbs/heike/100375.html
http://www.hikoshima.com/bbs/heike/100554.html
その他にも上記の「検索」のところに行って
「岩下」と入力して
日付の「3」を消してクリックしたらもっと出ますよ。


>もしDNA鑑定でもしたら、面白い結果になるのではないかと、つい妄想してワクワクします。

私もそういう経験がありますよ。
全然知らない人なのにすっごく親しく感じたり
ぼんやりテレビを見てて父にそっくりな男性を見つけたり
この女性は私と血で繋がってるなと思う人を見つけたり。

特に名字が共通してると嬉しいですよね。
きっと御先祖さまが一緒なんだろうな、DNAで繋がってるんだろうなと。
[2]布袋竹さんからのコメント(2005年01月14日 21時02分03秒 ) パスワード
URL=http://www.minc.ne.jp/~hotei/

珠恵さんへ こんにちは
名前が違って似ている人は多種おいでになるようですが、容姿・姓までとなると
ほんとに親戚かなにかでないと・・

鹿児島現在の指宿・以前の島津分家の今和泉・岩元地方に岩下姓があり、
上記のスレッドに岩下さんがあり、平家落人の話が伝わっています。
家紋はなんでしょうね。代々伝わって、変わっていなければ、昔分かれた親戚かも

それにしても、似ているって想像が楽しいことですね。
[3]珠恵さんからのコメント(2005年01月17日 17時34分03秒 ) パスワード

質問者の珠恵です。
ご親切にコメントをいろいろとありがとうございます。

実家の家紋は武家が好んで用いたという『丸に鷹の羽』です。今、左右どちらの羽が上に重なっていたかまでは思い出せません。

休日、『岩下』の苗字のルーツを調べると、信濃国小県郡岩下邑発祥の説、奥州藤原氏秀郷流の説(秀郷は関東に勢力を伸ばし平将門の乱を鎮圧)、薩摩藩士の説があり、私としては、特に興味深いのが秀郷流の説でした。

http://bonfa.hp.infoseek.co.jp/literature/yoshi_hi1.htm

足利・大田(太田)・下妻・小山・結城・・・は北関東の地名です。
父は群馬県の太田出身です。

http://www.climbcom.com/m/bunpu/0510.html

岩下姓の分布を調べと、その密度は栃木・群馬(北関東)、山梨・長野(甲信越)、そして九州全体で高い数字になっています。

やはり九州の岩下家と私たちは他人の空似で、平家とは関係がないでしょうか?

「秀郷が平将門の乱を鎮圧・・・」というところは平家と接点があります。どうなんでしょう? 同じ平安時代でも、将門は清盛より前に生きた人。平家落人が遠い親戚を頼って北関東に行くということも考えられなくもありませんが。

なにしろ岩下家は歴史にその名を残していない支流中の支流で、なかなか文献がありません。またまた妄想だけが膨らみました。



[4]暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2005年01月18日 04時03分45秒 ) パスワード

>平家とは関係がないでしょうか?

あらためてオオアリという印象を持ちました。



>父は群馬県の太田出身です。

お父さまが太田出身ということは
太田は新田家の本貫地ですから
つまり「南朝方」に関係あり?ですね。


平家はかなりの確率で南朝方になりました。
(平家で北朝方についたという*裏切り者*は見当がつきません)


ですから
藤原秀郷公関係で平家と関わったというのも理解出来ますし
平家の関係者がそちらに落ちて行ったというのも理解出来ますし
新田さん関係からそちらに定着したというのも理解出来ますし。


南朝方として九州にまで転戦してそちらに定住した布袋竹どのの御先祖さまをはじめ
ここには同じように九州に長く定住なさった御先祖さまをお持ちの方が集っていらっしゃいますよ。


お彼岸やお盆など一族が集まる時に「うちのご先祖さまは?」という話題を振って聞いたら良いのですよ。
出来れば明治時代の初めの御先祖さまの戸籍を取得することですね。
それで江戸時代の終りにどこにいたのかおおよそのところが分かります。


名字や家紋は変化しますから必ずしも今使用しているものが御先祖さまのと同じとは限りません。
一族の長老や本家を大切にすることが基本だとわたくしは思っています。
[5]関 邦夫さんからのコメント(2005年02月05日 08時23分41秒 ) パスワード
URL=http://www.hpmix.com/home/kunioseki/

関家のルーツを調べたいがどのような対策をすればよいかご教示ください
平家の落人ではなかろうか?

阿波の徳島勝浦郡上勝町生美字雄中面27
現在3戸しか残っていない過疎地 小学校も統合されて
なくなりました!
[6]鹿嶋の守さんからのコメント(2005年02月06日 01時39分03秒 ) パスワード

全国の「岩下さん」の電話帳登録からの分布
*但し平成10年現在の古いものです。
 しかし、現在では携帯登録利用の人が圧倒的ですので、大変貴重なものです。
 
全国  9670 件の登録

北道  102   埼玉  320  静岡  113  島根   7  大分  173
青森   4  千葉  249  岐阜  89  鳥取   15  佐賀  102
岩手  18   東京 714  愛知  294  岡山   57  熊本 1185
宮城  30  神川  477  三重  55  広島   85  長崎  288
秋田   2  新潟  73  滋賀  36  山口   42  宮崎  343
山形   5  富山  23  京都  83  徳島   4  鹿島 1291
群馬  146  石川  44  大阪  510  香川   0  沖縄  12
栃木  228  福井  12  兵庫  255  愛媛   16
福島  72  山梨  316  奈良  57  高知   25
茨城  115  長野  662  和山  45  福岡  870


(群馬県の内訳)

太田市  30
桐生市  27
前橋市  20
藤岡   15
新田郡  12
高崎市  10
安中    6
邑楽郡   6
山田郡   5
吾妻郡   3
利根郡   2
伊勢崎   2
佐波郡   2
群馬郡   2
館林市   2
北群馬   1
勢多郡   1

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上でした。
[7]日本の苗字七千傑さんからのコメント(2005年02月06日 14時25分50秒 ) パスワード
URL=http://www.myj7000.jp-biz.net/index.htm

岩下氏発祥の地名としては、
信濃国小県郡海野庄岩下郷、信濃国佐久郡岩下邑、上野国吾妻郡岩下邑、甲斐国山梨郡岩下邑、甲斐国巨摩郡岩下邑、甲斐国八代郡岩下邑、岩代国会津郡岩下邑、越後国魚沼郡岩下邑、三河国加茂郡岩下邑、豊後国大分郡岩下邑、肥後国上益城郡岩下邑、肥後国下益城郡岩下邑などが存在します。
この中で著名なのが信濃国小県郡海野庄岩下郷で、寛政重修諸家譜平氏支流に収められている岩下氏は先祖の由緒書に出自を滋野姓海野氏族としています。
地図を見れば群馬県の岩下は、上田市−鳥居峠−沼田市のルート上に存在します。
岩下地名が信濃、甲斐、上野などに見られるのは真田家臣として各地に移住して地名遷移が起こった可能性が戦国史からうかがわれます。
また薩摩に多い岩元も岩下(イワモトとも読む)に通じることに注意して下さい。
各地の岩下氏を全て滋野氏とするのはナンセンスですが、信濃国高井郡仁礼邑発祥の楡井氏が仁礼氏として薩摩藩士ほか鹿児島県に多く存在するように東国の武士団が薩摩に入部している例が多くありますから、同族の可能性も高いものと思われます。
[8]岩下(鹿児島系)さんからのコメント(2006年03月16日 18時16分30秒 ) パスワード

本の名前は忘れましたが日向国の氏には、開聞玉依姫伝説で天智天皇に供奉した臣に
岩下氏が見える。その後裔は山口六社大明神の社務に携わったという(姓氏家系)。とあります。もしかしたら、本の名前は(姓氏家系)かも知れません。これが一番
古そうですね.....。
[9]暇人さんからのコメント(2006年03月20日 01時50分19秒 ) パスワード

うちの田舎にも岩下さんという名前は、結構いらっしゃるとおもいます。
有名人もいます。宇多田ひかるのだんなさんも岩下さんでした。パチンコやさんだそうです。鹿児島に非常に近い地域ですね。先祖の住んでいた地域と近い人と顔か゛ものすごく似ていることを経験したことがあります。相手が有名人だと、うれしいのですが、まちがわれることも迷惑な話です。先祖のどこかでつながっているのかもしれません。遠い親戚であっても、すごく似ていることがありましたので、遺伝子とは実におもしろいと思います。
[10]岩下(熊本系)さんからのコメント(2006年03月21日 18時11分56秒 ) パスワード

はじめまして
岩下について色々書き込まれているのを見て驚いております。祖父は熊本出身で熊本にも岩下姓が多いと聞いております。ちなみに家紋は「下り藤」で(姓=藤原・氏=岩下)だそうです
家系図には500年前までしか載っていませんがそれ以前はもしかしたら平家落人なのかなぁ…? 

 
[12]イワシタ(鹿児島)さんからのコメント(2007年09月30日 22時02分50秒 ) パスワード

はじめまして。岩下家で探していたら、ここに辿り着きました。
岩下(熊本系)さんは、家系図があるのですね。私の家は、戦時中に紛失したらしく、その後、調べたらしいのですが…約5〜7代位前までしか分からなかったとの事でした。500年位の家系図が残っているのが、とても羨ましいと思います。
それと、私の家紋は「五つ鷹の羽丸に違い鷹の羽」なのですが、同じ岩下でも岩下(熊本系)さんみたいに「下がり藤」だったり、「丸に違い鷹」だったり・・・何故か結構違うという疑問を感じています。同じ家紋でも違うのは平家の関係なのでしょうか?ちなみに私の家は、分家になるらしいのですが、本家の人が言う事では、何年か前のNHK?の「忠臣蔵」の討入りの際に、誰かの着ている服に同じ家紋が付いていたという事をお酒の席で聞きました。詳しくは分かりませんが、NHK?の調査間違いがなにかでしょうか…誰か詳しい事を知りませんか?
話は変わりますが、他界した父や、父の兄弟(皆他界)から、小さい頃(かなり昔)に聞いた話では、御先祖様は、平家の落人だったらしいです。殺されまいと必死で南下したという事を話して頂いた記憶があります。岩下(熊本系)さんの御先祖様より南下した事になりますね。さらには宝島の岩下もあるらしいですし・・・
[14]味岡さんからのコメント(2007年10月06日 13時19分29秒 ) パスワード

私が住んでいる熊本 球磨地方にも岩下姓は多いですよ!

もしかすると古い岩下家の流れが出てくるかも!?


古い姓:相良・上村・深水・丸目・鳥飼・犬童・那須・小出・味岡・岩下
北御門・・・

領主の相良藩は、遠江国相良荘(静岡県牧之原市相良)より下向し、
大名家では一番長く続き(天皇家の次?)、内地では余り戦いも無く、
世渡り上手に鹿児島圏・宮崎圏・熊本圏に成ったりして、
生き延びた殿様です。  関ヶ原の戦いでは、豊臣方で出向いたのに、
状況をみて徳川方に寝返りました。
[15]イワシタ(秋月家臣)さんからのコメント(2008年08月07日 00時01分13秒 ) パスワード

『岩下』で検索してこちらにたどり着いたものです。

出身は宮崎です。
元々は上杉鷹山を生んだ名家、秋月家の家臣として筑紫(福岡県朝倉市)に居住していたのが、豊臣秀吉による九州征伐の際、島津氏と組んで敗れたが命を助けられたものの櫛間(宮崎県串間市)に国替えされた秋月種実(たねざね)に付き従った神官を生業とした家臣であったと聞いています。

秋月家の家臣になったのがいつ頃なのかはわかりませんが、家系図もそれほど古くからは残っていないので、元々の由来を知りたいと思っています。

平家の落人の話は知りませんでした。

群馬、栃木に旅行した際に岩下姓が多いのに気付きましたが九州の岩下と関係があるのか気になります。
[16]珠恵さんからのコメント(2008年11月20日 14時24分40秒 ) パスワード

2005年にスレッドを立てた珠恵です。

多くの方々にご興味を頂いて嬉しく思います。
さて、実家の家紋について触れていませんでしたが『丸に違い鷹の羽』でした。
肥後にも縁のある家紋とのこと。熊本に岩下姓が多いとも聞き、やはり私は九州に関係する血筋なのかなぁと、ますます夢が膨らみました。
[17]暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2008年11月20日 22時52分13秒 ) パスワード

珠恵さん


違い鷹の羽 + 桓武平氏 → 代表的使用者 秩父流小野氏 と出てきました。


秩父でしたら、そちら方面ですね。


時代が経って九州に御縁が出来たのかしら?と想像します。


ロマンですね。
[18]布袋竹さんからのコメント(2008年12月20日 21時05分22秒 ) パスワード
URL=http://www3.ocn.ne.jp/~nansatu/

篤姫が終わって、今和泉島津家も知られるようになりましたが、この今和泉島津家の墓から、十数メートルの場所に、岩下家があります。ご先祖の系流は分からないそうですが、家紋はやはり、丸に違い鷹の羽です。
[19]岩下恭平さんからのコメント(2009年01月21日 11時26分39秒 ) パスワード

はじめまして、北海道釧路市出身の岩下です。
釧路の岩下は、ほとんど親族です。
祖父岩下良治が北関東出身と聞いております。
家紋は、丸に違い鷹の羽です。
岩下家のルーツが知りたいと思っています。
[20]暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2009年01月21日 11時36分05秒 ) パスワード

岩下恭平さま

初めまして。


北海道のご出身でしたら
ご自分から遡って明治の初めの御先祖さま(御曽祖父さまあたり)の除籍謄本をお取りになってはいかがでしょう?


明治の初めの出身地が分れば、そこが江戸時代に過ごしていた場所の可能性が高いです。


江戸時代にも北関東にお住まいでしたら
何かの関係で北関東に定住したのでしょう。


江戸時代
戦国時代
南北朝時代
源平時代


御家に伝わるお話を御親戚の皆さんからお訊きになると良いと思います。


岩下姓でしたら平家で南朝方で戦国時代に北関東にいることになったのかしら?
と想像しますが
(新田家に従って?)

親族の方がたくさんいらっしゃるのでしたら訊けそうですね。
昭和の初め以前のお生まれの方が御存命のうちに是非。
[21]だんべーさんからのコメント(2009年05月19日 18時01分56秒 ) パスワード

自分の父方の祖母が群馬県桐生市の岩下家(明治の初めまで織物を生業とする
大商店)の長女として明治2年に生まれ、岩下家は明治の初めに倒産します。
私は中学時代までこの祖母と一緒で昔の話をよく聞きました。寺は桐生6丁目の淨運寺にあり、昔の墓石が現在本堂の裏にまとめられてあります、墓を調べた限りでは元禄時代が最も古かったようです。桐生の機業地としての最初からの存在のようです。数多い岩下の北関東での一つだと思います。家紋は丸に鷹の葉です。岩下新道も先祖の作ったものです。岩下家を探していたらここにぶつかったので書き込みました。
     北関東 だんべー
[22]珠恵さんからのコメント(2009年07月14日 10時38分09秒 ) パスワード

2005年にスレッドを立てた珠恵です。

実は、父方の実家は呉服商でした。桐生市の岩下家の方が織物を生業になさっていたとわかり、何か遠からぬ縁を感じてしまいました。
子供の頃、実家に遊びに行くと、近くに桑畑と織物工場がありました。天井の高い、木造のほの暗い工場で、高速でガチャガチャと激しい音がしていたのを思い出します。店は街中にあったようですが、行ったことはありませんでした。
[23]サランさんからのコメント(2009年08月14日 00時38分05秒 ) パスワード

岩下家に嫁いだ、旧姓犬童です。
どちらも、平家の落人説を伺い因縁を感じます。岩下は京都です。犬童は鹿児島、その前は熊本は五木村です。平家どうし縁を持ち、生きる今意味するものが大きいと思います。詳しくは知りえませんが、先祖を知りいかに生きるかが課題と思います。縁するものからよりルーツ開きが出来ますように。
[25]みっちゃんさんからのコメント(2010年03月21日 01時32分26秒 ) パスワード

珠恵様、初めまして。

岩下左次右衛門方平(みちひら)は藤原朝臣を名乗っており、藤原秀郷流佐野氏(下野)支流の岩下、と記憶しております。

したがって、岩下方平は北関東の岩下の末裔になりますが、平家の落人伝説とは無関係だと思います。

[26]岩下さんからのコメント(2010年07月22日 15時18分33秒 ) パスワード

はじめまして。自分は鹿児島志布志市志布志町の岩下です!

自分の地元の岩下は過半数近くが自分の親戚です!

親戚以外での岩下って方とはお会いしたことはないです。

[27]岩下さんからのコメント(2011年10月20日 11時29分36秒 ) パスワード

私も佐賀ルーツの岩下ですが、みんな武家と繋がりがあるなんてことありますかね?
うちの先祖は農民だったと聞いています。
[28]岩下さんからのコメント(2012年04月18日 11時17分56秒 ) パスワード

私の実家は栃木ですが、祖先は平家の落人だと昔、祖母から聞いたことがあります。
逃げてくる途中でトウモロコシの葉?で足を怪我し、その時の血のせいで見つかって
殺された祖先がいるとかで、トウモロコシは絶対に食べるなと代々伝えられていたそうです。
本当かどうかは怪しいですが、面白いエピソードだったので覚えています(笑)
[29]岩下方美一族さんからのコメント(2012年05月16日 00時35分00秒 ) パスワード

岩下方美(方平の親族)の者です。[25]番のコメントの通り、薩摩藩家老の岩下方平は藤原朝臣と家系図を辿ると書いてあります。家紋は丸に桔梗です。
[30]岩下(北関東系)さんからのコメント(2012年07月16日 00時52分57秒 ) パスワード

父が栃木県足利市出身です。足利にも岩下名が付いた
商店が多いです。
自分の顔立ちは、ほりが深く、二重ですが、他の岩下さんも
同じような顔立ちなのでしょうか。
[42]岩下方平親族(福岡県)さんからのコメント(2015年05月29日 22時37分27秒 ) パスワード

今晩は。岩下方平の子孫の者です。福岡県北九州市に住んでいます。
私の名前にも方(みち)が付いています。
現在30代ですが、小さい頃に鹿児島や熱海で岩下一族の集まりがあり、参加したのを覚えています。
因みに彫りは深くありません(笑)
やはり北関東系とは無関係かもしれません。
家紋は丸に桔梗です。
[43]岩下方美子孫さんからのコメント(2015年07月17日 00時02分06秒 ) パスワード

[42]さんへ

メルアドにメールしましたがメーラーデーモンが帰ってきて不通になってしまいました。私も親族が福岡にいるのですが、ひょっとして子どもの頃にお会いしてたりしてませんかね?私も31です。

方平
長十郎(方平の息子)
家一(方平の孫)

と続いてその後家一は三姉妹、それぞれ嫁いでその後が不明(例えばご主人が歴史に関心なく調査が進まなかったり等)になってます。[42]さんのルーツについて詳しく教えていただけないでしょうか?

青山霊園の長十郎の墓は誰が管理しているのか?等未だ疑問でして・・・。
[44]岩下@栃木南部さんからのコメント(2016年02月04日 23時37分06秒 ) パスワード

栃木県出身の岩下です。
我が家では戦国期に佐野上杉の合戦に備え、
佐野氏が山城を建てて同族の岩下氏を城代として配置したのが始まりと伝わっています。
数十年程で城は落ちましたが城代の岩下家は留まり、
在郷の士分として続きました。
本家は近年残念ながら絶えてしまいましたが、
江戸初期に分かれた我が家及び幾つかの分家が続いています。
足利市で商いを行っていた家は本家出自で同族と聞いています。

平家の落人との関連は全く聞いたことはありませんが、
トウモロコシは我が家でも栽培を厳禁とされています。
[45]なお虎さんからのコメント(2017年01月28日 11時56分47秒 ) パスワード

福岡県の岩下です。小さい頃親戚のおじ、おばに先祖は長野県の方だよと聞かされてたのを覚えています。記憶にあるのは長尾かろく(漢字がわかりません。長尾もたぶん?)という人物が岩下姓を名乗ったと言ってました。いつの時代かもわかりません、お墓には江戸前期からの年号等脈々と綴られています。しかし福岡県朝倉の寺内という所から昭和に入ってお墓を福岡市内に移設してきたと書いてあります。
いったいルーツはどうなってんだろうと不思議で仕方ありません。
お墓の家紋には丸に木瓜か?みたいでした。先祖の名に九の字がよく使われておりお墓にも丸に九が掘ってあります。
[46]空の青海のあをさんからのコメント(2017年01月28日 22時46分32秒 ) パスワード

全然分かりませんが家紋で  九の字紋  は

源氏系 浅羽氏 
藤原氏系 九鬼氏
が使用だそうです。



浅羽
現東京都、埼玉県広域、神奈川県北部である武蔵国入間郡浅羽庄が起源(ルーツ)である、児玉党。

ほか道兼流、公季流、清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏)小笠原氏流等がある。 


     長野出身ということは  小笠原氏系  でしょうか?
     調べてみてはいかがでしょう?



九鬼
綾部藩主家は現和歌山県と三重県南部である紀伊国牟婁郡九鬼浦が起源(ルーツ)である、中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)隆家流がある。

ほか熊野別当族ほか様々な流派がある。

語源は、山の洞穴や隙間、岩山、崖、谷などからきている。地名としても全国に存在する。


状況証拠的には  浅羽氏系かも、ですね。にっこり
あはは   冷や汗
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