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| [1] | ![]() | 服部 明子さんからのコメント(2002年06月23日 23時20分21秒 ) | パスワード |
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takahiroさんよりのレス:
「剣花菱」紋について
浮羽郡妹川に於いて平孫を称される家々の家紋が「剣花菱」で統一されているとの事ですが
それはおそらく、
平家一門の氏神である安芸の厳島神社の御神紋「三盛り亀甲剣花角(菱)」に
由来されているのではないでしょうか。
http://www.genbu.net/data/aki/itukusima_title.htm
上記のアドレスに厳島神社の御神紋が掲載されています。
私の家も平孫を称する家系図が本家に伝えられているのですが、
家の家紋は「丸に剣花角」です。(本家は菊紋ですが。)
また、「柘植姓の研究」のサイトにも、次のような文章が掲載されていました。
発祥地伊賀の柘植一族を調べてみると、
日置神社の屋根瓦には『丸に二引』(略紋)が使われて居り、
同地の柘植氏は皆『三ッ巴』で、西川・勝島・福地などの一族も同様『三ッ巴』だが、
松尾は『丸に剣花菱』『丸に立羽』『丸に矢違い』など様々な定紋である。
しかしこれら松尾家の様々な家紋は、
総て平家一門が『三ッ巴』と共に使用していた定紋であるから、
同族関係にあることは肯(うなず)ける。
この文章によると、「丸に剣花菱」は、平家一門の使用していた定紋の一つと見なされますので、妹川様の御家紋も、妹川の地の伝説同様、平家由来のものであると、私見ですが思われます。
(「剣花菱」と「剣花角」の違いは、「菱」の角度の違いだけですが、
上記サイトの厳島神社の御朱印帳に押された御神紋の画像では、正確には、
亀甲の中は「剣花角」であると思われます。
ただ、神社紹介等の書籍では、「剣花菱」「剣花角」ともに記載を見ることができます。)
| [2] | ![]() | 服部 明子さんからのコメント(2002年06月23日 23時49分35秒 ) | パスワード |
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http://bbs.c-studio.net/heike_slink/100136_74.html より
[73]
妹川武史さんからのコメント(2002年06月23日 19時06分48秒 )
福岡県浮羽郡浮羽町大字妹川にも、平家の末裔といわれる姓があります。
私が知るところでは、「鑓水」「佐藤」「掘江」姓です。
家紋は「剣花菱」で統一されています。
実際、家系図等もあるそうです。
ところで、「菱」紋といえば、武田氏が始まりといわれていますが、
何故、この地に流行っ たのかは分かりません。今後、調査しようと思います。
なお、私の先祖も妹川の住民でありましたが、家紋は「丸に剣花菱」です。
何か関係があるのかなと、思っております。
[74]
服部 明子さんからのコメント(2002年06月23日 21時42分32秒 )
「丸に剣花菱」紋使用で有名どころは龍造寺家だそうです。
大友宗鱗を破ったのを記念して「杏葉紋」に替えたそうです。
その辺りが絡んでいるかも知れませんね。
| [3] | ![]() | 妹川武史さんからのコメント(2002年06月25日 22時22分54秒 ) | パスワード |
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takahiro様
貴重な御教授、誠にありがとうございました。
短時間にもかかわらず、これだけ豊富なことをご存知ですので、歴史の研究をなさっているのですか。
確かに、浮羽町妹川には、平家色が強いので、地元の歴史研究家の先生から平家との関係を示唆されていましたが、根拠となる資料等がありませんでした。
浮羽町妹川は、平安時代、平家が支配しておりましたが、鎌倉時代は、長谷部氏、その後、八女郡星野村を本貫地とする星野氏が支配するようになりましたので、星野氏の家臣の誰かが妹川の支配を任され、妹川姓にしたのだと思っていました。
今後、妹川氏と平家について、調査できますので、うれしい限りです。
| [4] | ![]() | takahiroさんからのコメント(2002年06月27日 16時25分52秒 ) | パスワード |
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妹川様
>今後、妹川氏と平家について、調査できますので、うれしい限りです。
当スレッド上記、妹川様の記述を拝見しますと、浮羽町妹川の地には多く
の平家伝説が残されているとの事ですので、いろんな角度から調査できそ
うですね。
*安徳天皇が祭神である妹川水天宮について
*平経盛が築城したと伝えられる妹川城について
*平家が支配していた平安期の妹川について
*平孫に連なる家系図を所有されるという、妹川の「鑓水」「佐藤」
「掘江」姓について
(これらの家の家系図には、平孫としての同族として「妹川」姓の方
との婚姻関係等が記されている可能性もあると思われます。)
*「妹川」「鑓水」「佐藤」「掘江」姓の家が共通して使用されてい
る家紋、「剣花菱」紋について
また、妹川姓の御本家を当たられて、そこに妹川家の家系図が伝えら
れていれば、より詳細に「妹川」姓と平家との関係が判明するかも知
れないですね。
私は歴史を専門に研究している者ではなく、京都で手描き友禅染めの
着物作家として活動しています。
そのかたわらに、自家と平家との関係を、服部明子様にいろいろと助
けて頂きながら、考察しています。
貴家、「妹川」姓について、また何か判明しましたら、是非お教え下
さい。
| [5] | ![]() | 上田 八重子さん からのコメント(2005年09月14日 09時27分04秒 ) |
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夫の本籍は大分県宇佐郡安心院町です。家紋は剣花菱で平家の子孫という事です。本家には家系図も残っているそうです。天生時代のお墓も残っていました。もう字が見えなくなるほど侵食していました。
| [6] | ![]() | 妹川武史さん からのコメント(2006年05月15日 14時50分10秒 ) |
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八女市に「平(たいら)」という地名があり、そこがルーツである「平(たいら)」さんがいます。そこで、八女市の隣りの八女郡立花町の平氏にルーツを聞いてみると、「よく分からないが、家紋は丸に剣花菱です。」との事です。地元の郷土会誌によれば、「八女郡の「平」氏は、平知盛を先祖とする」と記載されていますので、立花町の平さんは、平家の末裔であると思います。
| [7] | ![]() | 堀江氏さん からのコメント(2006年09月27日 23時11分25秒 ) |
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はじめまして。その、妹川の住民です。
概ね、前句の通りで、わたくしも聞いておりますが、掘江姓は、堀江です。
お間違えの無いように。また、妹川の庄屋は、国武姓であり、こちらは、源氏方で、
元有地区及び持木地区に大山祇神社を建立し堀江家他の差別化を図ったとされております。
| [8] | ![]() | 妹川武史さん からのコメント(2006年10月01日 16時52分21秒 ) |
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堀江様
氏を誤記してしまい、大変申し訳ございませんでした。うきは市妹川地区の平家伝説については、ある人から教わった事で、今だ謎が多く、暇を見つけて調べたいとは思っております。例えば、姓氏家系辞典によれば、堀江氏は、黒木氏の分家であるとしていますが、それであれば、堀江氏は、源姓になると思うのですが・・・。また、浮羽町史によれば、鑓水氏は平経盛(だったと思います)の末裔と記載されていますが、江戸初期の古文書によれば、鑓水氏は巨勢姓を名乗っています。しかし、西日本新聞によれば、妹川地区の堀江氏をはじめ、多くの妹川地区の住民の方が、自分は平家の末裔であると考えているとの事。先祖代々平家の末裔との言い伝えがあるという事は、それなりの事実に基づいて受け継がれていると思いますが・・・。
| [9] | ![]() | 星野さん からのコメント(2007年01月13日 02時31分26秒 ) |
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はじめまして。うちの家紋も剣花菱です。祖父は、新潟県上越市の上綱子の出身です。平家の末裔ではないかとの話を聞いたことがあります。父の話では、刀や家系図もあったようです。
妹川様がおっしゃっていた、星野氏とは家紋が違うのですが、無関係なのでしょうか?また、その星野氏の子孫が、越後の方に渡ったという話も、何かで見たのですが、本当なのでしょうか?もし、なにか、ご存知でしたら、教えて下さい。
| [10] | ![]() | 安部正義さん からのコメント(2007年04月07日 21時29分55秒 ) |
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質問なんですが。自分の家の家紋を調べていて丸に剣花菱だったんですけど、これは平家と何か関係があるのですか?
ちなみに姓は「安部」です。
| [11] | ![]() | 山口さん からのコメント(2008年03月05日 22時29分03秒 ) |
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初めまして。
私の家の家紋は丸に剣花菱です。
茨城に住んでいるのですが・・・何か分かる人いらっしゃいますか?
| [12] | ![]() | 暇潰しのギャンブラーさん からのコメント(2008年03月05日 23時59分30秒 ) |
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山口さん
初めまして。
何にも分らない、としか書けません。
本当に家紋からでは何にも分りませんよ。
アメリカでもアメリカ人が「カッコいい」という理由で葵の御紋を使ってる人がいます。
笑
日本人ですと16弁の菊の御紋を使うなんて考えられませんけどね。
これがアイデンティティということです。
ですから家紋からちょっとは見えてくることもあります。
・いつから使っているのか
・誰から使い始めたのか
・どういう事情だったのか
こういう御家しか分らないことをお調べになってください。
1番良いのは明治初期の御先祖さまの除籍謄本を取得なさって当時どこに住んでたかを調べます。
だいたい江戸時代そのあたりにお住まいだったでしょうしね。
その地の歴史資料を読み
更に遡って調べまくる。
本家にお尋ねなさり
菩提寺を捜し(お礼は包まなきゃいけませんよ)
お彼岸やお盆やお正月に御親戚の老人達にお話を伺う
取り敢えず今年の春のお彼岸にでも御親戚のお年寄りからお話をお聞きになってみてはいかがでしょう。
源平時代はどっちの側だったのか?
南北朝時代はどっちだったのか?
この辺りの言い伝えからヒントは得られますよ。
| [13] | ![]() | 山口さん からのコメント(2008年03月06日 21時07分23秒 ) |
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暇潰しのギャンブラーさん
ありがとうございます。早速お彼岸に親戚の方にお話を聞いてみます。
| [14] | ![]() | 吉井の堀江氏さん からのコメント(2008年05月19日 18時55分22秒 ) |
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はじめまして。僕も堀江です。僕の祖父(うきは市)は角野氏から堀江氏に養子として、迎えられたわけですが、たしか祖父のいとこの所だったそうです。この角野氏って言うのはなんでしょうか?
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