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 投稿番号:100375 投稿日:2002年09月30日 01時30分55秒  パスワード
 お名前:いわした
小宝島の岩下家
キーワード:小宝島 落人 海賊 岩下 トカラ列島
コメントの種類 :質問  パスワード

インターネットで検索していてここへたどり着きました。

私の亡き祖父は「岩下」という姓で、小宝島出身。祖先はやはり平家の落人だそうです。
小宝島は奇岩で有名な島ですよね。
この苗字はその岩から来ているのでしょうか。
ということは平氏一族の苗字を捨てたのでしょうか。それとも、平家の落人というのは嘘で、実は海賊の子孫だったりするのでしょうか。

小宝島の「岩下さん」を尋ねていけば、何かわかるかも知れませんが、なんせ、遠いし不便だし、そう簡単には行けません。

小宝島の岩下家について何かご存じのかたがいらっしゃいましたら、何でもいいですからお教え下さい。

ところで、一番興味があるのは、小宝島のような小さな離島で生き延びてきたひとびとがいかにして子孫を残して来たか、ということです。
この点に関して、ご存じのかた、あるいは何か資料がありましたらお教えください。

質問ばかりで申し訳ありませんがよろしくお願いします。

[1]服部 明子さんからのコメント(2002年09月30日 03時28分14秒 ) パスワード
  

岩下さん

初めまして!

ロマンがありますね!
トカラ列島の南の果ての小宝島!

でももっと南に徳之島とか沖永良部島とか結構大きな島があり
更にその南には沖縄県の島々が広がり
その少し向こうに台湾がある。
という事は中国大陸にも岩下さんのご先祖さまはいらっしゃったって事でしょうね。


そういう島々や大陸への橋渡しの島の1つとして十分に存在価値があったと思いますよ。

平家落人伝説+海賊伝説=ロマンに満ちていますね。
更に源為朝落人伝説も可能性としてあります。


島に飲み水さえ出ればなんとか生きられると思います。
ただ
俊寛のように絶望すれば辛いでしょうが
自由を受け入れられれば島の生活は天国だったと思います。


岩下さんのお宅に「平家の落人伝説」が伝わっていらっしゃるのでしたら
矢張り御先祖さまは平家系だったのでしょうね。
嬉しいですね。
これからも平家の落人という言い伝えを伝えて欲しいです。
[2]takahiroさんからのコメント(2002年10月01日 02時45分22秒 ) パスワード
  

「いわした」様

 私の有している資料の中に、岩下様の御先祖が平家の落人を称されている
 伝承に関連のあるものを見つけましたので、以下、記します。

 『硫黄島大権現旧記録』より

 屋島壇ノ浦で破れた平家の総大将平知盛は周防八島に於て戦闘員と非戦闘
 員に分けた。戦闘意識の強い若手連中は源氏と一挙に雌雄を決せんと知盛
 自ら是を師いて長門の壇ノ浦に向った。
 一方幼帝及公達を護った平家直系の小松資盛は郎従千三百余名を七十余艘
 の小舟に分乗させ蜑の釣舟に艤装させ伊予高島より日向灘を南下した。
 途中風浪にさいなまれ乍ら漸く寿永四年五月一日早朝硫黄島の御手洗浦に
 着いた。

 その後を略記すると、出航時千三百余名であった一行は、硫黄島到着時に
 は三百余名となっていた。しかし食料事情等から硫黄島一島で全員を受入
 れる事は不可能で、他の諸島また鹿児島内地へ潜行した。

 そして、内地に潜行した落人で、現鹿児島県垂水市に潜行した落人たちは、
 当地に以下のような「平家落人伝承」を伝えている。

 以下は『垂水市史』よりの抜粋。

 垂水市新城浦内川は、平家落人部落で、ここには平家落人に信仰されてき
 た「岩下観音像」が伝わっている。

 「岩下観音像」:岩下家の菩提寺で、安産の仏として広く村びとの信仰さ
         れてきた。平家の落人たちの創造とも伝えられる木造で、
         今、岩下家で保存されている。

 と、あります。

 小宝島を含む、硫黄島周辺の諸島から、鹿児島内地に移った平家落人の一
 部が、上記浦川内へ潜行し、その際、「岩下姓」を持ち込んだのであると、
 思われます。

 浦川内の「岩下観音像」を蔵する平家落人岩下家と、小宝島の平家落人伝
 承を有する岩下姓の方々は、祖でつながっているという推測は、無理なも
 のではないと思えます。

 御参考になればいいのですが。

 また今、手元にはないのですが、『さつまの姓字』という書籍でも、「岩下
 姓」について調べてきます。

 (『さつまの姓字』は、私の知っている範囲では、京都市左京区の京都府立
   図書館に所蔵されています。私はいつもここで調べています。)

 何か判りましたら、投稿致します。  

  

 
[3]服部 明子さんからのコメント(2002年10月14日 13時29分42秒 ) パスワード
  

http://bbs.c-studio.net/heike_slink/100303_6.html

「南海諸島にある平家落人伝説」

にて川口さまがトカラ諸島には全島に平家の落人伝説があるとお書きです。
[4]いわしたさんからのコメント(2002年10月15日 01時22分30秒 ) パスワード
  

服部さま、takahiroさま
どうもいろいろありがとうございます。大変、参考になりました。
自分でもいろいろ調べてみます。
[5]takahiroさんからのコメント(2002年10月15日 08時13分04秒 ) パスワード
  

いわした様

 報告が遅れましたが、「さつまの姓字」には平家関連の岩下姓に関する記載
 はありませんでした。

 以下、平家落人に関する参考書籍を挙げますので参考にして下さい。
 ○「平家伝説地総覧」(歴史読本所収、1985年4月、新人物往来社)
 ○「落人─貴種の末裔─」(民間伝承集成5、1980年、創世記)
 ○「平家伝説」(松永伍一、1973年10月、中央公論社)
 ○「平家後抄」(角田文衛、1981年4月、朝日選書)
 ○「落日後の平家」(永井彦熊、1972年、名著出版)
 ○「平家落人伝説と平家物語」
   (あなたが読む平家物語4 平家物語 受容と変容 所収、1993年、有精堂)
 *上記「平家後抄」は、2000年6月、講談社学術文庫として再版

 また上記、「落日後の平家」の著者永井彦熊は、[2]で紹介しました「垂水
 市史」の編集委員であり、この市史の中で特に平家落人伝承を扱っておられ
 ました。平家と岩下姓に関する著述も永井氏のものでした。
 同氏著「落日後の平家」は、九州南部に重点を置きながら総合的に平家谷、
 平家落人部落の考究が為されている書との事です。おそらく「いわした」様
 が求められている情報も、叙述されている可能性がある気がします。
 私も同著を読んでみたいのですが、未だ入手できていません。

 また何か岩下姓についての情報と出会えば報告します。
[6]いわしたさんからのコメント(2002年10月16日 01時41分10秒 ) パスワード
  

takahiroさま
詳しい情報、ありがとうございます。
調べるといっても何をどう調べればいいのかわからなかったのですが、
図書館に行って、ご指摘下さった本にあたってみることにします。
どうもありがとうございます。

[7]takahiroさんからのコメント(2002年10月16日 09時34分44秒 )
  

本人によりコメントは削除されました。 2002年10月16日 09時35分52秒
[8]takahiroさんからのコメント(2002年10月16日 09時43分41秒 ) パスワード
  

岩下様

 永井彦熊著「落日後の平家」は、国会図書館には確実に所蔵されています。
 (国会図書館・蔵書検索の結果、二冊の所蔵を確認しました。「落日後の
  平家」は、618ページもある本格的な著書のようです。)  
 最寄りの大きめの図書館に請求すれば、取寄せて頂けると思います。
 もしお読みになられ、何か有益な資料がございましたら、是非私にも御教
 示下さい。
[9]いわしたさんからのコメント(2002年11月01日 23時09分09秒 ) パスワード
  

久しぶりに来てみました。
図書の情報、ありがとうございます。
私は関西ですが、奈良のほうに国会図書館ができたとききました。
取り寄せてもらえればいいのですが・・・
とにかく、今度時間ができたら行ってみます。
難しくて読めないかも知れませんが、有益な資料があればもちろんお伝えいたします。
[10]すずめさんからのコメント(2003年03月16日 03時34分53秒 ) パスワード
  

結婚して、岩下姓になりました。
岩下の姓のこと、びっくりです。
ちなみに、主人の実家は垂水市のちかくで桜島です。
岩下観音もいつかお目にかかれるといいのですが・・・。
[11]服部 明子さんからのコメント(2003年03月16日 08時14分37秒 ) パスワード
  

すずめさん

はじめまして。

ご主人さまも御実家が垂水市の近くでしたら平家の御子孫の可能性大ですね。
[12]takahiroさんからのコメント(2003年03月16日 19時35分07秒 ) パスワード
  

報告が遅れましたが、上記、永井彦熊著「落日後の平家」を取寄せて閲覧しました。

残念ながら、垂水新城の岩下観音と岩下姓については、上記記しました以外の情報
は掲載されていませんでした。
(小宝島と岩下姓の関連についても。)

著者永井彦熊氏自身、垂水ご出身であるそうなのですが、永井氏の世代までは垂水
では、「混乱する」事を、「屋島が乱れる」という慣用句でもって表現されていた
との事、興味深く読みました。

また同著は、全国的規模で詳細に「平家落人」について紹介されている著書となっ
ています。「平家落人」関連について探索されている方には参照するに重宝な書籍
であると感じました。
[13]服部 明子さんからのコメント(2003年03月17日 00時01分03秒 ) パスワード
  

takahiroさま

<12>は新たにスレッドを立てさせていただきますね。
[14]布袋竹さんからのコメント(2003年08月24日 14時40分33秒 ) パスワード
  

小宝島を眺めて「2度寄港したのですが、下船は宝島に」
小さな島ながら、温泉も2ヶ所あるとか・
数十軒の家があり、ほとんど岩下姓・

関連はわかりませんでしたが、垂水新城の浦川内の
岩下観音を見てきました。
すぐわかる場所にあります。
http://www.minc.ne.jp/~hotei/08230012.JPG
管理してた岩下さんも東京とか、都会に出ていらっしゃいません
[15]当分ギャンブラーじゃないさんからのコメント(2003年08月25日 03時19分07秒 ) パスワード
  

写真拝見いたしました。

ふくよかですよね。
古い表現ですが「トランジスター・グラマー」。

でもスリランカあたりの人の体型に似てる気もしました。
古いものなんだろうな、と。
[16]暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2003年12月09日 12時57分05秒 ) パスワード
  

NHKの特集でトカラ列島の映像をみました。

全部で12島があると言ってたかしら。
溶岩から出来ている島で切り立った崖、海に落ちるような斜面ですから
とても人が住めるような島々ではない。
ところが小宝島は平坦で人が住もうとすれば住める。

洞窟もあったりして雨露を凌げたのかしら?とは思いましたが
猛毒を持った海蛇の子供が海に入る前にここで育つのだと紹介してました。

なかなか厳しいところだったようです。
[17]布袋竹さんからのコメント(2003年12月09日 13時42分14秒 ) パスワード
  

トカラのあの、特別臨時運行の「としま」フェリー
NHKが2局・ローカルが1局の取材人各クルー3名
の3局のテレビが、ボゼ祭りに取材にきてました。
小宝島には、ハブよりは弱いと言っても猛毒のトカラハブが生息
また、テレビの海蛇も・
夜にコンクリートの周遊道路を車で走ると、何匹か寝ているのがいるとの
話しでした。
30分も歩くと一周出きるほどの小さな島で、高い山もないところです。
この島と悪石島の間で、地質構造が変り、小宝島と宝島は珊瑚隆起の島だそうです。
ほかは、火山の島・回りは切り立つ断崖でも、なだらかな部分は沢山あります。
[18]暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2003年12月10日 02時11分53秒 ) パスワード
  

>何匹か寝ているのがいるとの話しでした。

こわ〜い!
車で轢いたらツルッと滑るのかしら?
[19]布袋竹さんからのコメント(2003年12月14日 20時00分27秒 ) パスワード
  

ちょっと出かけてました。本日帰宅・
今日は、熊本の五箇荘・五家、五木村経由で人吉から
高速道路で戻ってきました。

すみません、あの書き方だと海蛇に間違います・
コンクリート道路に寝てるのは、トカラハブです。
[20]iwasitaさんからのコメント(2004年01月30日 13時55分17秒 )
  

本人によりコメントは削除されました。 2004年02月02日 17時51分44秒
[21]kaorinさんからのコメント(2005年10月20日 01時13分02秒 ) パスワード

はじめまして!
私は鹿児島生まれですが父方の祖母が宝島生まれです。旧姓は岩下です
今も小宝島にはいとこと、叔母(祖母の姉97くらい)と親戚がおります。
自分でも2回ほど行ったことがあります。
みんな岩下ですね。確かに平家の隠れ子孫という話はよくきいてました。
その下にある宝島にも、平田姓が多く、やはり同じような話は聞いています。
退職した父が移住(帰郷)しております。女神山の話とかイギリス坂の話とかあります。
なにかお役に立てそうなら、お答えできればと思います。
[22]暇潰しのギャンブラーさんからのコメント(2005年10月20日 02時08分00秒 ) パスワード

kaorinさん
初めまして。

「平田姓」が多い、というのにちょっと感動してますので足跡を残しておきます。
[23]布袋竹さんからのコメント(2005年10月20日 12時15分06秒 ) パスワード
URL=http://www.minc.ne.jp/~hotei/heike.html

kaorinさんこんにちは・
日本の最後の秘境と呼ぶに相応しいトカラ列島・
昔のジュットウソン・十島村「今の三島村・十島・としまむら村」の島々は
全部の島に平家落人伝説が残っていますからね。

俊寛の流された喜界島「硫黄島」のある三島村村史には
「平田姓は重盛の子惟盛・その子資宗・その子宗衝が平田の祖として名乗ったもの。(宝島で一番平田姓が多い)
代々宝島の郡司となり、島津の琉球使節の海路案内役なども勤めた。
資宗の次男宗行は、七島落ちの折りに立ち寄った坊津に移り住んだ。
宝島の平田氏直系も殿地と呼ばれていた。」の記載があります。
殿地とは、偉い人の住居場所だけが「とんち」と呼ばれて、
その格式を表したものではないかと。
ちなみに、口之島の日高−行盛の子・政盛の子孫と言われる所も
     中之島の日高−有盛の子孫と言われる場所も
殿地と呼ばれて、直系子孫はそれぞれ島の役職を担っていたそうです。

あ、岩下家は垂水市や枕崎市の郷土史にも少し出ていますね。
5日と6日前も「飛鳥」で佐渡・屋久島・博多に向う途中、三島のすぐそばを通りました。
[24]布袋竹さんからのコメント(2005年10月20日 12時52分49秒 ) パスワード
URL=http://www.minc.ne.jp/~hotei/heike.html

23スレッド・ごめんなさい。一部間違いです。

口之島は日高でなく肥後家が殿地で行盛−政盛の子孫
平 島の日高家と中之島日高家も殿地
今年2回も訪島したのに・・

略系図をあげると
http://www.minc.ne.jp/~hotei/minamisima.jpg
[25]kaorinさんからのコメント(2005年10月21日 02時04分05秒 ) パスワード

ギャンブラーさん、足跡ありがとう。
布袋竹さん、よくいろんなことご存知なんですね。(尊敬)
肥後という名前は母の旧姓です。さらにびっくり!!
肝心の岩下さんの姓のことは、来週に父が市内に帰郷するようなので、そのときに聞いてみます。
いとこがいるのですが、インターネットは入らないらしい・・・(汗)

18のときに小宝島に港湾のコンクリ工事の手伝いで帰った以来です。
来年の夏は帰ろうかなぁ〜でも昔は土葬で・・と聞きましたので微妙・・
また何かわかりましたらメールします!
[26]びーちゃんさんからのコメント(2016年07月08日 07時47分29秒 )

本人によりコメントは削除されました。 2017年06月15日 03時25分07秒
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